軍師官兵衛 第35回 秀吉のたくらみ


豊臣秀吉(竹中直人)はついにバテレン追放令を出し、キリシタンとなった黒田官兵衛(岡田准一)高山右近(生田斗真)は岐路に立たされました。さらに豊前の国を得た官兵衛でしたが、新たな試練もやってきましたね。

天正14年10月、秀吉は徳川家康(寺尾聰)を上洛させました。これにより秀吉は自ら九州へ出陣することになります。

九州豊前、黒田長政(松坂桃李)が秀吉からの書状を渡すと、官兵衛は笑顔で受け取りました。後藤又兵衛(塚本高史)は井上九郎右衛門(高橋一生)について調略を行うことになり、長政はうらやましそうでしたね。

長政が槍の稽古をしてると、官兵衛と栗山善助(濱田岳)が来て、大坂の様子について質問してきます。長政は、家康が秀吉に面会した時のことを話しました。家康は「この家康がいる限り、この後、殿下に戦はさせません。それがしが矢面に立ち、戦いまする。それゆえ殿下に陣羽織は不要にございます」と、秀吉の陣羽織を欲しがったのです。官兵衛は「やはり一芝居打たれたか。前もって徳川殿にお会いになり、頼んだに違いない」と見抜いていました。


茶室、秀吉は千利休(伊武雅刀)に「九州平定の暁には、博多にて盛大な茶会を開こうと思っておる。その折に九州へ来て、取り仕切ってくれ」と頼みます。右近が出陣のあいさつに来ると、秀吉は「官兵衛もキリシタンに改宗させたそうじゃな。着々と信徒が増えておるの。このまま行けば、この国の全ての者はキリシタンになるかもしれん」と意味深に話し、バテレンを仕切っているコエリョという男を気にしました。コエリョは秀吉に「九州のキリシタン大名に崇められいるので、自分が仲立ちすれば、みな殿下に従う」と話したというのです。

九州豊前小倉城、官兵衛が善助と一緒に訪ねて行くと、1人の武将が庭の土を食べながら「よい土じゃ。古来この地は実り豊かゆえ、豊の国と呼ばれてきた」とつぶやきます。宇都宮鎮房(村田雄浩)で「豊前城井谷が主・宇都宮鎮房でござる」とあいさつしました。鎮房は秀吉に味方すれば、本領安堵は間違いないかと2度も確認し、去っていきます。善助が「九州の者は頑固者ぞろいでございますな」とぼやくと、官兵衛は「播磨と同じぐらいにな」と返し、笑い合いました(笑)

大坂城、3月1日、秀吉は九州出陣の日を迎えます。石田三成(田中圭)に「刻限です」と言われ、秀吉はおね(黒木瞳)に留守を頼んで、出かけて行きました。廊下の先で、茶々(二階堂ふみ)が手をついていたので、秀吉は大喜びです。茶々は「無事のお戻りをお待ちしております。九州を平らげ、殿下が天下一のお方であることをお示し下さい。私、強きお方が好きでございます」と笑いましたね。

秀吉が出立してから、庭の桜のように、大坂に根を張る覚悟をしたのかとおねがたずねます。茶々は「以前、御伽衆の荒木道薫殿に問われました。父母を殺されながら、何故、仇の元で生きながらえているのかと。ここへ来た当初、命を断つことも考えました。母・市の形見です」と懐剣を出し「母が嫁いだのは弱い男ばかり。父・浅井長政、柴田勝家殿。みな滅ぼされました。それ故、私は強い男を選んだのでございます。たとえそれが仇であろうと、後ろ指を刺され、そしられようと構いませぬ。道薫殿は私を乱世が生んだ化物と呼んだ。化物なら化物らしく生きてみせましょう。これが私の覚悟でございます」と語りました。

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姫路城、秀吉が入城しますが、あいさつに来ないので、お福(阿知波悟美)糸(高畑充希)はイライラします。光(中谷美紀)がなだめますが、お富(玄覺悠子)は立ち上がって、家臣に文句を言いました(笑)すると秀吉がやっと来て「心配ご無用じゃ」と金子をプレゼントし、加増すると約束し、あっという間で去って行きましたね。

3月25日、秀吉本軍が小倉城へ到着します。官兵衛は、軍を2つに分け、秀吉軍は筑前、筑後から肥後へ、秀長(嘉島典俊)の軍は豊前、豊後から日向を回って、薩摩へと説明しました。小早川隆景(鶴見辰吾)毛利輝元(三浦孝太)は秀吉につき、官兵衛は秀長につくと、秀吉が決めます。

龍造寺政家が秀吉にあいさつした後、宇都宮鎮房がやって来ました。鎮房が本領安堵のお礼を言い、城井谷を離れられないと話すのを、官兵衛は少しヒヤヒヤしながら見ていましたね。

25万の兵を率いた秀吉は1月余りで薩摩へ入ります。秀吉本陣に官兵衛が「島津は降伏を願いに来ました」と報告に行きました。秀吉からどうするか聞かれ、三成は「領地を召し上げ、義久を切腹させるのがよろしいかと」と冷酷です。官兵衛は「殿下、島津には寛大な処分を。薩摩、大隅の人の気性は荒く、たとえ関白殿下の命であろうと、素直に従うような輩ではございません。領地を取り上げれば、激しく抗い、戦はきりがございません」と反対します。三成が「ここで島津を許しては示しがつきません」と言うと、官兵衛は「このまま戦が続けばどうなる?兵は25万、兵糧は尽きかけておるのではないのか」とすごみました。

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島津義久(永澤俊矢)は許しを乞うため出家し、秀吉にひれ伏します。秀吉は「薩摩、大隅は取り上たりはせぬ。今後はこのわしのために励め」と許し、官兵衛はほっとしました。天正15年5月、秀吉は九州を平定します。

筑前箱崎、利休が博多の復興を頼むと、秀吉は官兵衛と三成に命じました。宿所へ戻った官兵衛は、母里太兵衛(速水もこみち)たちに「殿下は変わっておらぬ」と笑顔を見せましたね。

九州では大名にもキリスト経が広がります。秀吉はコエリョを呼んで、大筒を積んでいるポルトガル船についてたずねました。右近が止めるのも聞かず、コエリョは「この船に勝てる船はこの国にありません」と答えますが、秀吉は大笑いしているだけです。

後から、官兵衛は右近に、船を秀吉に船を献上するようコエリョにすすめろとアドバイスしますが、コエリョは聞きませんでした。一方、秀吉は三成からマッサージを受けながら「コエリョの奴、このわしがどれだけ力を持っているか知らぬようじゃな。三成、わしは決めたぞ」と怖い顔です。

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宿所へ右近を訪ねて行くと、ショックを受けていました。秀吉からただちに信心を捨てよと書状が届いたのです。右近が「何があっても信心は捨てません」と言うと、利休が「信心はひとまず心の中に収め、殿下と折り合いをつけたらいかがか」とアドバイスします。しかし右近は「身内や家臣、領民のことを思うと、胸が裂ける思い。されどわが心を偽ることはできません。私はかつて信長公に脅され、自らの信念を曲げた。今度こそ正しき道を進むのみ」と答えました。

官兵衛は秀吉を訪ね、右近のことを考えなおしてと頼みます。秀吉は「お主もキリシタンじゃったな。バテレン共は我が国の一部を勝手に占拠し、大筒を積んだ船で、脅しに出ておる。あやつらの狙いはこの日の本を乗っ取ることじゃ」と話しました。官兵衛が「そのようなことは断じてございません」と言うと、秀吉は「わしは九州に来て、この目で見た。多くのキリシタンたちがまるで王を崇めるがごとく、バテレンにひざまずいておった。一向一揆と同じじゃ!」と叫びます。

秀吉はバテレン追放令を出してきました。秀吉は「官兵衛、お主もこのわしに抗うか?この秀吉の命に背く者は、容赦はせぬ。抗う者あらば、滅ぼすのみ」と迫ってくると、官兵衛は「何を仰せか。また戦を始めるおつもりか」と叫びます。秀吉は「官兵衛!それ以上、申すな。お主を罰したくない。官兵衛、この話は終いじゃ」と官兵衛の肩に手を置きます。

そして秀吉は、豊前の国6郡を官兵衛に与えてくれました。官兵衛は「お待ちください!宇都宮鎮房は?本領安堵を約束なさったはず」と驚愕しましたね。

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