真田丸 ネタバレ 第33話 動乱

豊臣秀吉の死後、老衆(おとなしゅう)徳川家康(内野聖陽)と
石田三成(山本耕史)の対立は次第に激しさを増していきます。
そしてついに事態は、三成の徳川屋敷襲撃に発展しました。

慶長4(1599)年1月21日、伏見城、治部少丸、
真田信繁(堺雅人)は宇喜多秀家(高橋和也)小早川秀秋(浅利陽介)を
三成のもとへ案内します。
三成は秀家と秀秋に「徳川屋敷を襲いまする。徳川内府と正面から渡り合っても、
埒が明きません。ここは思い切って屋敷に討ち入り、内府の首を挙げる所存」と言うと、
信繁に「左近を呼んできてくれ」と頼みました。

島左近(玉置孝匡)が庭で槍を振るっていたので、信繁は「島様、石田様がお呼びです」
と伝えます。
廊下で、板部岡江雪斎(山西惇)と再会しました。
江雪斎は北条が滅んだ後、各地を転々とし、今は小早川秀秋のもとにいると話します。

治部少丸の南櫓から、信繁と矢沢三十郎(迫田孝也)は、
徳川屋敷と宇喜多屋敷が隣あっているのを眺めました。
信繁は「今ここで家康を討ち取ってよいのか?それが豊臣のためになるのか?
私には皆目わからぬ。霧の中だ」と打ち明けます。

徳川屋敷、「石田治部は今宵ここに夜討ちをかけるつもりでござる」
と本多正信(近藤正臣)に報告していたのは、板部岡江雪斎でしたね。

正信からそのことを聞いて家康は「江戸へ帰るぞ」と逃げ腰です。
正信は、大ごとにして、この屋敷を守るよう伏見在住の大名たちに呼びかけ、
豊臣恩顧の大名がどれほど使えるか、見極めようと提案しました。

本多忠勝(藤岡弘、)が鎧武者を率いているとわかり、
信繁はいったん諦めるべきと進言しました。
しかし、三成は兵を引くつもりはなく、
大坂城へ行って挙兵の許しを得てくると言い出します。
そして三成は、秀秋に毛利輝元(浅地直樹)の説得を、
信繁に上杉景勝の説得を依頼しました。
秀秋は「毛利様を説き伏せるのは荷が重い。できるかな」と弱気です。

上杉屋敷、信繁が訪ねて行くと、直江兼続(村上新悟)に「これ以上、
御屋形様を巻き込むのは勘弁してもらいたい。お主が頼めば、
必ずあの方はできぬ約束をされる。わしはもう御屋形様の苦しむお姿を見とうはない」
と断られてしまいました。
廊下で、その会話を聞いた上杉景勝(遠藤憲一)は引き返し
「すまぬ。源次郎」と雪に向かって謝ります。

大谷屋敷、大谷吉継(片岡愛之助)は薬を飲んでから
「石田治部、いささか焦りすぎたな。味方がそろわなかった時、あの男がどうでるか?」
と苦しそうです。



真田屋敷へ戻ると、真田信幸(大泉洋)真田昌幸(草刈正雄)がいて、
徳川家から味方をして欲しいと文が来たと言いました。
昌幸は「今さら徳川のために戦えるか。わしはこの間、刺客を放ったばかりだぞ」と言い、
信幸は「ひとまず顔を出してまいる」と言います。
信繁が三成のところへ戻ると言うと、信幸は「敵味方に別れて戦うのだけは
勘弁してくれ」と話しました。

きり(長澤まさみ)が呼びに来たので、信繁は寧(鈴木京香)のもとへ行きます。
秀秋がそばにいて、寧は「この子をごたごたに巻き込むのはやめてちょうだあ」
と不快そうです。
そして福島正則(深水元基)加藤清正(新井浩文)が悩んでいたので、
寧は「徳川様をお守りするんよ」と伝えたと話します。

廊下で、信繁が意見を聞くと、きりは「石田様、しまったと思ってらっしゃるのでは?
男の人って妙に誇り高いところあるから、やめられたくても、やめられないんですよ。
特に自分から言い出した事だから」と答えました。説得力、ありますね!

信幸と河原綱家(大野泰広)が徳川屋敷へ行くと、大名たちが多く集まっていました。
端に座っていると、忠勝に「おお!婿殿!よう来てくれた」と声をかけられ
「方々!我が婿、真田伊豆守が参られましたぞ!これでもう怖いものはなしじゃ」
と大声で言い、一同は「お~」と歓声をあげます(笑)



大坂城、三成は前田利家(小林勝也)大蔵卿局(峯村リエ)片桐且元(小林隆)に、
旗印にしたいので、太閤殿下の馬印・千成瓢箪を預けて欲しいと頼みました。
しかし断られてしまいます。

別室にいた茶々(竹内結子)が何があったかたずねますが、
且元も大蔵卿局もとぼけて、答えようとしません。

徳川屋敷、信幸は綱家に「内府様は試しているのかもしれん。
いざという時、誰が一番頼りになるのかを」と見切っていました。
福島正則が綱家を突き飛ばし「真田殿、まあ一杯」と酒をすすめてきます。

本多正純(伊東孝明)正信が来て、家康が鎧支度をしていると、
伊達政宗(長谷川朝晴)が「その儀は無用にござる。我らがいれば、
石田治部など恐れるに足らず」と言いました。
正純が「実は先だって殿の命を狙った忍びも、どうやら石田治部の手の者だったようで」
と言うと、福島正則や加藤清正が激怒します。

真田屋敷、昌幸は佐助(藤井隆)から徳川に味方する大名の動きを聞いて、
地図の上に碁石を置いていってました。



治部少丸、加藤清正が「悪いことは言わぬから、兵を引け」と言いますが、
三成は「それはできぬ」と断ります。

清正が「お前が内府を憎んでいることはようわかった。
だがな、力づくで相手を倒そうなどど、お前らしくなかろう。どちらかというとわしだ」
と言うと、三成は「やらねばならぬ時はやるのだ」と譲りません。
結局、清正は帰ってしまいます。

毛利も上杉も動かぬというので、三成は細川屋敷へ、細川忠興(矢柴俊博)を訪ねました。
三成が故郷から届いた干し柿をプレゼントすると、忠興は手に取り「幼き…」と何か話そうとします。

しかし、三成は忠興を遮り「徳川屋敷にこれより攻め入り、徳川内府の首を取る。
ぜひともご加勢願いたい」と頼みました。
忠興は「清正や正則以上に、おぬしには怒りを覚えるのよ。かようなもので、
人の心が釣れると本気で思うか?ばかにするのも大概にせい!帰るがよい。
これより徳川屋敷へ参り、内府殿にお味方する」と答えます。

真田屋敷、信繁は昌幸に「伏見を騒がすこの一件、すべては父上の出方にかかっております。
なにとぞ兵をお出し下さい。石田様にではなく、徳川様におつき頂きたいのです。
父上が徳川につけば、石田様もあきらめがつきます」と頼みました。
昌幸は「そういうことか。わしは徳川屋敷へ行くぞ」と納得します。

****
大谷屋敷、三成が訪ねて行くと、吉継は鎧をつけてましたが、徳川屋敷へ行くと話しました。
三成が「太閤殿下が亡くなる直前に、私の耳元で言われたのだ。「家康を殺せ」と」
と打ち明けると、吉継は「死を前にした老人の世迷い言に振りかわされるな」と叱ります。
三成は去って行きましたね。

徳川屋敷、大谷吉継につづいて、真田昌幸もやって来て、
信幸は驚き、家康や正信は満足そうです。
昌幸が地図を広げ、軍議を仕切ろうとすると、清正が反対してきました。
しかし、大谷吉継や伊達政宗や細川忠興が賛成すると、清正も従いましたね。

石田三成は、宇喜多秀家、小早川秀秋、信繁の軍だけで挙兵しようとしてましたが、
三十郎から「徳川屋敷に大谷吉継様の旗が立ちました。そして我が真田の旗も」と報告に来ます。

信繁が「我が父・安房守は徳川につきました。石田様、ここまでにございます。
今ならまだ収まりがつきます」と止めました。
三成は「もう遅いわ。たとえ出陣せずとも、私は秀頼公の許しを得ずに、
徳川攻めを企て、世を騒がせた。私は惣無事令に反したのだ。
あの徳川内府がそこを突いて来ぬはずはない。どうで腹を切るなら、
今から徳川屋敷へ乗り込み討ち死にするのみ」と言います。

三成が島左近と出陣しようとすると、
信繁は「いけませぬ!石田様にはまだまだ生きて頂かねばなりません。
石田様は常に天下の安寧のために働いてこられました。時には太閤殿下にさえ逆らった。
命がけで天下万人に尽くしてこられた姿を、私は見てきました。
あなたにしか成し得ないこと、己の欲で動く徳川内府には思いもつかぬことでございます。
死んではなりませぬ」と訴えました。

そこへ上杉景勝も来て「源次郎の申す通りじゃ。石田治部、ここまでにしておけ。
今日のところは諦めるのだ」と言うと、三成は「今日がなければ、明日はありません」
と言います。

景勝が「徳川内府はわしが倒す」と言うと、直江兼続が「御屋形様は本気になられた」と言い、
景勝は「太閤殿下の御前で、誓った。その誓いを破る者、義を知らぬ、
義をないがしろにする者、わしは断じて許す訳にはいかん。大戦じゃ。
我らで徳川に大戦を仕掛けるのだ。義はこちらにある、その時は必ず来る。
今は命をつなぎ時を待つのだ」と三成を抱き寄せました。

三成が戦支度を解いたと知らせが来て、徳川屋敷から大名たちが帰って行きます。
それを見ながら家康は「正信、わしは決めたぞ。石田治部のおかげじゃ。
わしの一声で、豊臣恩顧の大名らがこれだけ集まった。これはいけるかもしれんなあ。
お主の真の狙いは、これであったか」と気づくと、正信は「殿は腰の重いお方ゆえ」と笑います。
この日より徳川家康の天下取りへの道が始まりました。

昌幸が現れ「では、これにて御免」と去っていきます。
家康と正信の会話をしっかり聞いていたようですね。

大河ドラマ 真田丸 あらすじ
大河ドラマ 真田丸 キャスト

関連記事

ページ上部へ戻る