いだてん 40話 北島康介さん登場

五りん(神木隆之介)は入院中の
古今亭志ん生(ビートたけし)に
お酒を飲ませたため、前座に降格します。

その志ん生は退院して、今松(荒川良々)
に背負われ、美津子(小泉今日子)
おりん(池波志乃)と共に帰ってきました。

五りんは父親の小松勝(仲野太賀)
母親のりく(杉咲花)のことがわかって
ホッとした様子です。

黒坂辛作(三宅弘城)が小松の足型を
持っていて、五りんの足とそっくりだと
言います。辛作は五りんのために金栗足袋を
作ってくれたので、五りんはそれをはいて
走り出しました!

バックトゥザフューチャー

昭和39(1964)年の東京オリンピック
の五年前に遡ります。昭和34年、五輪を
東京に招致するため田畑政治(阿部サダヲ)
はミュンヘンのIOC総会での最終スピーチを
NHK解説委員の平沢和重(星野源)に
お願いしました。

東龍太郎(松重豊)は最終スピーチをやる
予定だった北原秀雄(岩井秀人)が骨折し
たので、代わりをと平沢に頼みます。

しかし平沢は断ってきました。
そこで岩田幸彰(松坂桃李)はかつて平沢が
「柔道」という雑誌に、嘉納治五郎へ寄せた
追悼文を読みはじめます。そこには嘉納の
思いに賛同し、東京オリンピックを成功させ
たいと書いてあったのです。

それでも平沢は東京オリンピックに反対し
反対理由を挙げてきました。
 1.対アメリカ問題
 2.スポーツ教育の遅れ
 3.人材不足
 4.交通や宿泊の不備
 5.開催国の選手としての力不足

田畑政治はテーブルの上の資料をどけて
その上に正座して、おじぎをすると
俺のオリンピック噺を聞いてくれと
平沢にお願いしました。

田畑政治のオリンピック噺

昭和20(1945)年、田畑政治は
焼け野原の東京の明治神宮競技場へ
向かいました。

進駐軍に見つからないように会議室へ
忍び込み、テーブルの布をめくると
競技場の模型と嘉納治五郎(役所広司)の
写真がありました。
政治は、嘉納のオリンピックをやるという
力強い言葉を思い出します。

バー・ローズ、政治が東や松澤(皆川猿時)
に東京オリンピックをと話してる横で、
マリー(薬師丸ひろ子)はおりん(夏帆)を
占っていました。美濃部孝蔵(森山未來)の
写真を見て、マリーは「死ぬまであんた
一筋だった」と話してましたが、死んで
ませんから(汗)

北島康介さん、古橋廣之進役

田畑政治は日本体育協会を再建し
戦地から戻った宮崎(西山潤)
小池(前田旺志郎)を水泳の指導者に
させます。強化合宿をはじめますが
食事には苦労したようです。

古橋廣之進役で、北島康介さんが
登場しましたね。古橋はフジヤマのトビウオ
と呼ばれ、世界記録を次々更新します。

昭和23(1948)年、ロンドン五輪が
開かれます。12年ぶりのオリンピック
でしたが、日本は敗戦国だっただめ
参加が認められませんでした。

そこで、裏オリンピックを開催します。
ロンドンと同じ時間に同じ競技を日本でも
神宮プールで開催したのです。

ロンドンの1位はで19分18秒でしたが
日本の古橋は18秒37を出します。
それを聞いた平沢は「往生際が悪い。
オリンピックは参加する事に意義がある」と
手厳しいです。

政治はマッカーサーに直談判して、
全米選手権に日本が参加したと話します。
マッカーサーは、アメリカと戦う時
手心を加えるな。そうすれば日本人は
尊敬されると言ったのです。

田畑政治、政治家へ!?

昭和27(1952)年、ヘルシンキ五輪で
日本の参加が認められました。IOCの
フレンケルは「オリンピックは金もうけに
なる」と言い、入場料だけで費用を賄った
のです。

政治と東は、吉田首相にオリンピック費用を
出してと直談判しますが腰が重いので
政治は自ら政治家になろうと決意します。

田畑政治は静岡県から衆議院議員に立候補
します。菊枝(麻生久美子)は何も言いま
せんでした。

政治資金は、うら(根岸季衣)がお金を
出してくれます。静岡に広い土地を持って
いた田畑家でしたが、政治のせいで
どんどん減ってしまっていました(泣)
しかし浜松のことをアピールしなかったので
選挙で落選してしまいます。

メルボルンでのロビー活動

昭和31(1956)年、メルボルン五輪
が開催されました。政治と岩田(松坂桃李)
はロビー活動を盛んにして、日本をアピール
します。敗戦から立ち直った今の日本を
見に来て下さいと訴えたのです。

神宮競技場が古くなったため、全て壊して
昭和33年に新しい8万人が収容できる
スタジアムを作り、国立競技場へと
生まれ変わりました。

IOC総会で、ブランテージ会長は
東京にもオリンピックを開催する資格が
十分にあるとスピーチしてくれます。

田畑政治は東に東京都知事になってと
頼みました。東の妻・照子(筒井真理子)
息子の博彦(荒井敦史)が反対しますが
菊枝も政治に手を貸してと頼んでくれて
やがて東は東京都知事になります。

平沢和重のスピーチ

田畑政治のオリンピック噺を聞いた
平沢は5つの問題に何1つ答えて
いないと呆れます。

政治は「平和」はフランス語で「ぺ」
(La Paix)で、平和のためにやって
いると言い、5年前にフィリピンに
行った事を話しだしました。

政治が宮崎や小池たちとフィリピンへ
行くと、現地の人たちに「人殺し!」
と石を投げられたのです。

政治は戦争はまだ終わっていないと感じ
日本へ帰ろうと言い出すと、宮崎たちは
「やりましょう。俺たちには水泳しか
ないのだから」と言いました。
政治はその言葉に動かされ、
水泳をすることにしたのです。

政治が「むごい事をやってきた俺たちは
面白い事をやらなきゃいけないんだ」
と話すと、平沢は嘉納の言葉を思い出し
「なんだ面白い事か。そこだよ、そこ!
面白い事をやらせて頂きます」と
スピーチを引き受けます。

東京オリンピック招致決定

平沢和重は娘の洋子から教科書に
オリンピックについてのっていると
教えられます。

「オリンピック、オリンピックと聞いた
だけで私たちの心が躍ります。
世界中から選手たちが集まって、同じ条件
の下で戦うからです」

平沢和重は昭和34年5月26日の
オリンピック総会で、スピーチをします。
教科書のエピソードを話した後で
五輪マークの第5の大陸に、オリンピックを
導いてもいいのではと訴えました。

そしてついに東京オリンピック招致が
決定します。来年の東京オリンピックの
マラソンと競歩が、札幌で開催されると
問題となっています。当時も多くの問題が
山積していたんですね。

いだてん あらすじネタバレ、感想
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