いだてん 37話 嘉納治五郎先生との別れ

嘉納治五郎先生との別れが来てしまい
ましたね。東京オリンピック開催のため
エジプトのカイロで開かれるIOC総会に
出席した帰りの大型客船の中で
亡くなってしまったです。

嘉納先生を演じた役所広司さんも
お疲れさまでした。嘉納先生の最期を
看取ったのが平沢和重(星野源)です。

オープニングは高座の五りん(神木隆之介)
から始まります。古今亭志ん生
(ビートたけし)は読売巨人軍のパーティー
に呼ばれ、美津子(小泉今日子)と出かける
ところでした。今松(荒川良々)が美津子の
化粧が濃いとツッコみます(笑)

昭和12(1937)年の国会で
立憲政友会の河野一郎(桐谷健太)が
日本でオリンピックを開催する資格は
ないと訴えました。日中戦争が始まって
いたからです。

オリンピック東京大会組織委員会、
副島道正(塚本晋也)の神宮を中心にした
オリンピック開催をという意見に対し
嘉納治五郎はベルリンの統制された五輪を
見て、大規模な開催へと傾いていました。

バー・ローズ、田畑政治(阿部サダヲ)は
河野一郎と話していました。政治は
マリー(薬師丸ひろ子)にお酒を頼みます。
河野が「オリンピックを利用しようとしてる
んじゃないか?ヒトラーがベルリンでやった
ように」と言うと、政治は怒りました。

小松勝は、りくに惚れる

東京の金栗四三(中村勘九郎)の元に
スヤ(綾瀬はるか)が子供たちと一緒に
やって来ます。街ではシナ事変の祝賀行進が
行われていました。

黒坂辛作(三宅弘城)の妻・ちょう
(佐藤真弓)が亡くなります。
スヤは子供の頃のりく(杉咲花)に
おっぱいを飲ませた事があると話しました。

スヤは、小松勝(仲野太賀)がりくに
惚れていると見抜きます。

東京オリンピック開催の危機

副島は近衛文麿首相に、オリンピック開催の
危機を訴えて、補助金500万円の上乗せを
要求し、それが出来なければ大会中止だと
迫りました。

東龍太郎(松重豊)が各国から問い合わせが
殺到していますと報告すると、嘉納は
「オリンピックは何が何でもやるんだよ!
この東京で」と怒ります。

田畑政治は、YMCAプールへ行き、
松澤(皆川猿時)野田(三浦貴大)に
選手たちのタイムが落ちてると
指摘しました。

宮崎康二(西山潤)小池礼三(前田旺志郎)
たちは、戦争をしているのに、泳いでいて
いいのかと不安になっていたのです。

河野一郎のオリンピック反対論

金栗四三が朝日新聞社に河野一郎に会わせて
とやってきました。緒方(リリー・フラン
キー)が河野は退社したと説明しますが
四三は聞きません。

田畑政治が「落ちついて下さい。安心して
ください。絶対やります」と話すと
四三は「嫌な予感がするとです。今度の
戦争、日本は当事者ばい。どんぱちやってる
国で平和の祭典。矛盾してます」
と言います。

政治が自分も矛盾を感じてると言うと
四三はハシゴを外される選手の気持ちが
わかるか?小松を走らせたいと訴えました。

政治は「スポーツには矛盾はつきもの。
なぜ走る。なぜ泳ぐ。答えられん。でも
それしかないじゃんね。オリンピックしか
ないじゃんね」と大声で話します。

マラソン記録会で、小松が好成績を出し
みんなに胴上げされました。

日中戦争の泥沼化

12月、日本軍が南京を占領して
世界から非難を浴びて、孤立を深めて
いきます。

田畑家、政治が「アレをナニするか。
アレをどう思う?」と聞くと
菊枝(麻生久美子)は「いいんじゃない
ですか?ナニでしょ」と合わせました(笑)

夕ご飯は、キュウリずくしで、
菊枝は「河童に戻って下さい。
河童のマーちゃんに」と頼みます。

嘉納治五郎 VS 田畑政治

オリンピック東京開催を世界中が疑問視
する中、嘉納治五郎がエジプトのカイロで
開かれるIOC総会に出かける事になります。

嘉納は「報告する事はない、手ぶらだが
日本は大国。必ず開催できるという信念の元
正々堂々押し切って見せる。嘉納治五郎
最期の大舞台だ」と話しました。

政治がオリンピックを返上して下さいと
土下座して頼むと、嘉納は背を向けて
神宮スタジアムを走る四三を見ます。

田畑政治は嘉納治五郎と意見が合わぬまま
別れてしまいましたね。

東京オリンピック開催へ

カイロのIOC総会で、中国代表の王正廷が
開催地の変更を要求してきます。他の代表
からの質問にも嘉納は何も答えられません。

嘉納治五郎は「返す言葉もございません。
30年IOC委員である私を信じて頂きたい。
オリンピックと政治は無関係です。
証明してみせます。東京で。信じて下さい
ジゴロウ、カノウ。順道制勝。逆らわずして
勝つ」と頭を下げると、ラトゥールは
わずかに微笑みました。

1938年、東京開催が改めて
承認されます。

バー・ローズ、河野から違和感を感じてる
はずだと問われ、政治は226の頃から
違和感を感じてるが嘉納が手ぶらで行って
承認されたので、もうやるしかないと
答えます。

嘉納治五郎の最後の航海

嘉納治五郎はカイロから帰国の途上、
カナダのバンクーバーで、平沢和重
(星野源)から声をかけられました。

後の平沢は1964年のスピーチを
担当することになるのです。
「嘉納治五郎の最期を看取った人物です」
と紹介されていました(泣)

大型客船の食堂で、嘉納は大きなステーキを
食べ、平沢はパンを小さくちぎって
食べています。

嘉納は「平沢さんは、食が細いですな。
疲れるのは精力を善用せんからです。
私のように精力善用を心がけている物は
疲れることはない」とステーキをほおばり
ました。

横浜までの13日間、はじめの3日は
穏やかな航海でしたが、ひどい時化に
出くわし、嘉納は風邪をひいて
弱ってしまいます。

東京オリンピックの夢

数日後、体調を戻した嘉納はみんなの前に
姿を現して、人生で一番楽しかった事は
何かと聞いてきました。

外国客が話してから、平沢が質問すると
嘉納は、羽田の予選で、韋駄天が
真っ赤な顔をして走っていた事と
答えます。

さらに、ストックホルムやロサンジェルス
も面白かった。ロスの現地の日本人が感激
してくれたのが一番うれしかったと話し
ました。しかし一番でないと否定します。

平沢が「一番は東京オリンピックじゃない
ですか?」と聞くと
嘉納は「そうだね。これから一番面白い事を
やるんだ。東京で」と笑いました。
しかし、せきこんだ嘉納は「楽しい時間を
ありがとう」と部屋へ戻っていきます。

小松勝と海岸を走っていた金栗四三の
金栗足袋のひもが切れました。

昭和13年5月4日、嘉納治五郎先生は
太平洋沖で帰らぬ人となります。享年77。
田畑政治は棺に納められた嘉納先生と
対面しました。

政治は平沢から、嘉納から託された
ストップウォッチを受け取ります。
ストップウォッチはまだ動いていましたね。

「いだてん」を見るまでは、嘉納治五郎先生
は柔道界の偉人というイメージしかなかった
のですが、ドラマを通して、東京オリン
ピック開催へ向けて、命を賭して尽力された
方だったんだと知ることができました。

知恵(川栄李奈)が五りんに
古今亭志ん生が倒れたと伝えに来ます。
嘉納先生が開催を願った東京オリンピック、
厳しい道のりとなるようです。

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