いだてん 13話 金栗四三、マラソン棄権の真相

金栗四三(中村勘九郎)はストックホルム
オリンピックのマラソンに出場しますが
日射病のため途中棄権となります。

実際、四三は一時行方不明になり、
嘉納治五郎(役所広司)田島(ベンガル)
三島弥彦(生田斗真)が探し回りました。

治五郎たちがホテルに戻ると
四三はベッドで眠っていました。
ダニエルと内田(井上肇)によって
運ばれていたのです。

黒坂辛作役の三宅弘城さんは
まだ登場しませんでしたね。

四三、ダニエルとマラソンを振り返る

東京高等師範学校の永井(杉本哲太)
可児(古舘寛治)たちの元に
本庄(山本美月)が金栗敗退の知らせを
持ってきて、衝撃が走ります。

今回は、マラソンで何があったかの
振り返りでした。四三はダニエルと一緒に
コースを戻りますが、レース中のことは
まったく覚えてません。

折り返し地点の教会のところまで来て
ポルトガルのラザロのことを思い出します。
折り返し後に脱落者が続出し、四三は20位
に食い込んだとダニエルは話しました。

四三は給水所で水を取りませんでしたが
雨が降ったと言い出します。羽田マラソンと
混同していたんですね。四三は頭を抱えます

17マイル地点からベトレ家へ

17マイル地点の二又の地点で、四三は
幼い四三(久野倫太郎)が現れたので
ついていったのですが、ラザロから
「ノーノー」と声をかけられたのを
思い出しました。

四三がフラフラになって森の中をさまよって
いるとまだ幼い四三が現れスッスッハッハッ
と呼吸するんだとアドバイスしてくれます。

四三が走っていくと、ペトレ家の人たちが
お茶会をしているところに紛れ込んでしまい
ました。違うコースだと教えてくれたので
他の選手たちは戻っていきましたが、四三は
大きな木の下に倒れ込んでしまいます。

レモーネードとシナモンロールをもらって
ヤーパンか?と聞かれて
四三は「日本人です」と答えるのが
やっとだったのです。

ポルトガルのラザロ

内田とダニエルに迎えにきてもらった四三は
汽車に乗りました。座席に座った四三は
ペトレが貸してくれた背広で、日の丸を隠し
涙を流します。ダニエルが帽子を貸して
くれましたね。

7月15日の朝、四三が日記を書いていると
三島弥彦が新聞を持ってきてくれます。
マラソンの13位までがオリンピック記録で
ラザロが亡くなったと教えてくれました。
日射病に伴う髄膜炎でした。

弥彦が「ストックホルムの悲劇だ。
君も危なかった」と言うと
四三は、あの分かれ道を左に行っていたら
自分も死んでいたと考え、
ラザロのことを思いやります。

大森兵衛の「陸上運動競技法」

嘉納治五郎はIOC総会が開かれ、4年後は
マラソンは廃止になるかもしれないと
言いました。

大森兵衛(竹野内豊)は生きている間に
オリンピックを見られたが、4年後は
見る事がないだろうと言い、監督として
役目を果たせなかったと悔やみます。

安仁子(シャーロット・ケイト・
フォックス)は大森の肖像画を描いてました
嘉納治五郎は弱気な大森を叱り、
「オリンピック式陸上運動競技法」を
書き残したことを褒めたたえます。

金栗四三からの手紙

金栗四三がマラソンで敗退した知らせを
聞いた後に、四三が2週間前に書いた手紙が
やっと日本へ届きました。

熊本の実次(中村獅童)シエ(宮崎美子)
スヤ(綾瀬はるか)重行(髙橋洋)が
それを読んで複雑な表情をしています。

黒坂辛作は姿を見せず

古今亭志ん生(ビートたけし)の若い頃、
美濃部孝蔵(森山未來)が初高座を迎える
時の話になります。

清さん(峯田和伸)が飲んでる?と聞くと
孝蔵はワニラを食べていました。ワニラは
安い牛丼のことだそうです。

清さんは黒坂辛作が仕立ててくれたという
着物を孝蔵にプレゼントしてくれます。
「朝太」と刺繍もしてありました。
播磨屋の黒坂辛作は名前だけで
姿を見せませんでしたね(泣)

美濃部孝蔵の初高座

清さんが寄席へ入っていくと小梅(橋本愛)
美川(勝地涼)が並んで座っていました。
やがて朝太の出番かと思ったら
楽屋から激しい声が聞こえ、
別な落語家が登場してきます。

楽屋の孝蔵はすっかり酔っ払い
橘家円喬(松尾スズキ)に叱られて
いたのです。孝蔵は着物を質屋に入れて
お酒を買ったのでした(汗)
質入れする事を、曲げるというらしいです。

さらに孝蔵が「富久」をやるというので
円喬はあきれ果てました。
やがて孝蔵がフラフラしながら、高座に
上がりますが、前かがみに座りこみます。

孝蔵は円喬から「噺は耳で覚えてもダメだ
足で覚えるんだ」と言われたことを思い出し
人力車に乗っている調子で「富久」を
始めました。

孝蔵は「日本橋が火事だ!火事だ!」と
名調子で語ると、寝ていた四三も起きだして
日の丸をつけて走り出します。

孝蔵は「旦那!」と叫んだところで
息切れし「すいません。ちと頭が痛いんで
今日はここまで」と言い、一同「えー!」
孝蔵が楽屋へ戻ると、円喬は無表情で
怖いです(泣)

4年後のオリンピック

金栗四三が野原へ行くと
各国の選手たちが十字架に野花を
お供えしていました。
ラザロのゼッケンが置いてあったので
四三も手を合わせます。

IOC総会で、クーベルタン会長が義援金を
募り、ラザロの遺族へ送ると話すと
ポルトガルの代表はラザロの死を無駄に
しないためにも4年後のオリンピックでも
マラソンをやって欲しいと頼みました。

一同から拍手が起こり、4年後の1916年
もオリンピックが開催され、マラソンも
行うことに決まります。

嘉納治五郎がいずれ極東でもオリンピックを
と言うと、クーベルタンは遠すぎると
言いました。クーベルタンがシェイクハンド
してきたので、治五郎は一本背負いをする
構えを見せましたね(笑)

大森兵衛と安仁子

嘉納治五郎は四三と弥彦に、オリンピックの
閉会式を待たずに帰国すると伝えます。
四三と弥彦が、大森に会いに行きますが
安仁子が「察してください」と会わせて
くれません。

鏡に映った大森はベットに寝ていましたが
指をパチンと鳴らして親指を突き立てます。
安仁子は「フォーティスリー、弥彦、
大和魂を忘れないで」と言いました。

大森は日本へ戻らず、安仁子とアメリカへ
渡り、翌年の一月、37才の若さで
亡くなります。

四三はダニエルとともに、ペトレ家を訪ね
背広を返し、お礼を言いました。

1916年ベルリンオリンピック

孝蔵は清さんに着物を返し、首にはなって
いないと言います。清さんが着物を質屋に
入れたり、返したりすればとアドバイス
すると、孝蔵は納得し着物を羽織りました。

ストックホルムの港で、弥彦は四三に
カメラをプレゼントしてくれます。
新しいカメラを買ったのです。

金栗四三、三島弥彦、嘉納治五郎は
ダニエルや内田たちと別れ
船に乗りました。
48日にわたるスウェーデン滞在が終わり
次は1916年ベルリンオリンピックです。

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