西郷どん 25話 生麦事件と薩英戦争、二階堂ふみさん再登場

西郷吉之助(鈴木亮平)は沖永良部島へ
遠島となります。大久保一蔵(瑛太)の
島から呼び戻すという言葉を
信じていたのです。

川口雪篷(石橋蓮司)は同じように遠島
となり、友を信じていましたが、裏切られ
「人は裏切るもんじゃ」と言います。

吉之助は海辺の囲いにある小さな牢へ
押し込められ、満足な食事も与えられず
弱っていきました。

吉之助が倒れてしまうと
雪篷が口移しで、水を飲ませてくれます。
土持政照(斎藤嘉樹)島民(新納敏正)
らは屋敷へ連れて行ってくれました。

ヤンチュと呼ばれる島の子供たちが
叱られます。吉之助の食事を盗んだと
いうのです。吉之助は目を覚まし
「その子らの言う通りじゃ。
許してやってくれ」と頼みます。
「西郷どん 25回 生かされた命」です。



川口雪篷、お由羅騒動で遠島に

吉之助が再び目を覚ますと
雪篷がいて「天が生かしたとでも
言うのか?」と聞きました。
吉之助は「天と人じゃ。誰かがおいに
水を飲ましてくれた」と言うので
雪篷は目をそらします(笑)

土持によると、お由羅騒動の一件によって
雪篷は遠島になって、友を信じて赦免に
なることを期待していたのですが、
薩摩の友から文が届かなくなったのです。

吉之助を土持が屋敷へ連れて行ったことを
黒葛原源助(下総源太朗)がどういうことか
と責めてきます。

土持が、藩命には、囲いに召し込みとしか
書かれていないので、家の中に牢があっても
藩命に背くことはない。吉之助を死なせたら
黒葛原に迷惑がかかると頼みました。

20日ほどで新しい座敷牢が完成し、
吉之助は土持たちに感謝します。
土持鶴(大島蓉子)は代官から許しを得たと
料理を運んできました。
吉之助は「あいがたく頂戴いたしもす」
と涙目でしたね。

日新公のいろは歌

西郷吉之助はお礼に、島の子供たちに
学問を教えることにします。
島役人の子供だけでなく
ヤンチュの子供たちもやってきました。
薄汚れた身なりです。

ヤンチュの子供たちが屋敷に上がろうと
しないので、吉之助は上がるよう言います。
しかしヤンチュの子供たちは遠慮し
島役人の子供たちは、家に上っては
いけないと言いました。

吉之助は日新公のいろは歌の
「楼の上も はにふの小屋も
住む人の 心にこそは高きいやしき」
を教えます。住む家の立派さや身分で、
人の値打ちは決まるものではない
心のあり方によって決まるということです。

ヤンチュの子供たちも役人の子供たちの
後ろに座って、吉之助の教えを受けます。
役人の子供たち、ちょっと嫌がって
ましたね。土持は涙を流して、感動します。

生麦事件

生麦事件が文久2(1862)年8月21日
武蔵国生麦村で起こります。
島津久光(青木崇高)の行列を、馬に乗った
イギリス人が通り抜けようとしたので
奈良原喜左衛門(宮澤寿)が斬ってしまった
のです。

海江田武次(高橋光臣)はイギリス人を見て
「こいはもう助からん。楽にしてやる」
と介錯のつもりでとどめを刺しました。

イギリスから30万両の賠償金を要求され
江戸城の徳川家茂(勧修寺保都)
松平春嶽(津田寛治)は払おうと考えて
いました。

しかし一橋慶喜(松田翔太)は「なりません
責めを負うべきは薩摩であるべし」
と反対します。



薩英戦争に向けて薩摩が1つに

沖永良部島の吉之助のもとへも
エゲレス軍が薩摩に向かっていると
知らせが来ます。

鶴丸城で、大久保一蔵は島津久光に
エゲレスの要求を飲むべきでなない
戦うべきと主張しました。

中山尚之助(天野義久)堀次郎(鬼塚俊秀)
が反対しますが、久光は大久保に共感し
大久保と小松帯刀(町田啓太)に
戦いの準備を命じます。

海江田と奈良原が責任を取って
自決しようとしているところを
大山格之助(北村有起哉)らが
止めに入りました。

そこへ大久保だけでなく、寺田屋騒動で
謹慎していた西郷信吾(錦戸亮)らも
やってきます。大久保が久光にかけあい
許してもらったのです。

薩摩内で争っていた藩士たちが
薩英戦争に向けて1つになりましたね。

薩英戦争への備え

吉之助が座敷牢で寝ていると
土持がエゲレスが攻めてきたと知らせにきて
爆音で飛ばされてしまいます。

でもこれは夢でした。
吉之助が目を覚ますと、半鐘が鳴って、
土持が一大事を知らせに来ました。
エゲレスが攻めてきたのではなく
雪篷が島抜けしたのです。

吉之助は座敷牢を飛び出て
役人たちに捕らえられた雪篷のもとへ
かけつけます。

雪篷は、決してイギリスと戦ってはならぬ
ある人の教えだと叫びました。
吉之助は、島津斉彬だと直感し
自分も同じ気持ちだと言います。

吉之助だけでなく雪篷も座敷牢へ
閉じ込められてしまいました。

大河ドラマ「真田丸」の関ケ原の合戦

イギリスが攻めてくるからと土持が
頼むと、黒葛原は目をつぶってくれ
2人は座敷牢から出してもらえます。

大砲に見せかけるため、丸太に炭で塗って
海岸に並べることになりますが
吉之助、雪篷、土持の3人だけしか
動こうとしません。

ところがヤンチュや島役人の子供が来て
さらにその親たちも手伝ってくれる
ことになります。
日新公のいろは歌の教えが
生きてきたのです。
雪篷はナポレオンについて
子供たちに教えてくれました。

ある日、徳之島の琉仲為から文が来ます。
薩英戦争で薩摩が勝利したというので
吉之助は大喜びします。

文久3(1863)年、薩英戦争は
わずか2日で終わったのです。
大河ドラマ「真田丸」の関ケ原の合戦
みたいに、結果だけが知らされましたね。

西郷吉之助、沖永良部島を去る

ついに西郷吉之助に召喚命令が出ました。
雪篷はお酒をついでくれ、薩摩に帰っても
わしを赦免する運動を起こすような
余計なことをするなと笑います。

そして餞別だと言って、本をプレゼント
してくれました。中を開くとナポレオンの
絵がありましたね。

薩摩からの使者は西郷信吾でした。
信吾が「長いことおやっとさまでした」
と頭を下げると、吉之助は信吾の胸倉を
つかんで立たせ「おはんこつ、よう無事
じゃったな」と笑顔を見せます。

宴が催されました。信吾がすいかを売る
物売りに化けて、黒船に乗り込もうと
したが、言葉が通じず失敗したと言うと
みんな大爆笑です(笑)

吉之助が沖永良部島を去る日が来ました。
吉之助は土持に、おはんは命の恩人じゃ
と感謝します。

吉之助と信吾が小舟に乗って、
沖へ進んでいると
「西郷どん!西郷どん!」と声がしました。
雪篷が丘の上に上って「革命」と書いた
旗を振っています。「あまちゃん」にも
似たシーンがありましたね。

愛加那との再会と別れ

吉之助を乗せた蒸気船は、喜界島で
村田新八(堀井新太)を乗せて
薩摩へと向かいました。

誰かに起こされ、吉之助が薩摩へ着いたと
思ったら、愛加那(二階堂ふみ)です。
信吾が気を利かせて、奄美大島へ
寄ってくれたのでした。

大島の岬で、吉之助は愛加那に
「謝らにゃならんことがある。
おはんはおいに生きる力をくれた。

両手では抱えきれぬほどの幸せを
教えてくれた。じゃっどん、おいは
菊池源吾にはなれんかった。
すまん、許してくれ」と謝ります。

愛加那は「おいのこつより民が大事
そういう男がから、おいは惚れたんよ。
離れてても、こん島にいるよ。
旦那様はおいのここにいる」
と胸を手を当て「遠く離れていても
もう2度と会えんでも、この体の中
あなたでいっぱいじゃ」と2人は
体を寄せ合いました。

ありがっさまりょうた、西郷吉之助様
ありがっさまりょうた、愛加那
2人は別れの時を迎えます。




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