軍師官兵衛 第26回 長政初陣


黒田長政(松坂桃李)は元服し毛利攻めに加わることとなり、黒田官兵衛(岡田准一)は母里太兵衛(速水もこみち)を指南役につけました。ちょっと意外な人選でしたね。

官兵衛らが出陣した後、光(中谷美紀)ぬい(藤吉久美子)は職隆(柴田恭兵)、官兵衛が太兵衛を長政につけたことを心配していました。

備前沼城、長政は羽柴秀吉(竹中直人)が出陣したのに、なぜ動かないのかと聞きますが、官兵衛は答えません。代わりに、善助(濱田岳)九郎右衛門(高橋一生)は今回の出陣は形ばかりのものとなだめます。

秀吉の養子(織田信長の四男)羽柴秀勝(倉本発)が初陣を飾り、祝いの宴が催されました。善助たちが「此度の戦は秀勝殿が必ず勝つようお膳立てしたもので、それゆえ我らは加わらなかったのでございます」と小声で説明しますが、長政は「いつまで待てばよいのです」といらだちます。官兵衛が小六(ピエール瀧)たちと毛利攻めについて話してると、長政が入ってこようとしたので、官兵衛が「控えよ」と止めました。


備中高松城の清水宗治(宇梶剛士)を訪ねます。味方すれば備中、備後の2ヶ国をと誘いますが、宗治は「田舎侍には身に余る栄誉、されどそれがしが今日あるのはすべて毛利家のおかげ。その毛利家より国境を任された以上、城を枕に討ち死にするまで」と書状を破りました。

官兵衛は「初めから死ぬおつもりか」と杖をたたきます。宗治は「死ぬことがそれがしの役目。捨て石になって1日でも2日でも毛利領への侵攻を食い止められれば、それでよい」と答えました。

長政が太兵衛と廊下を歩いて行くと、庭で2人の若武者が槍の稽古をしています。成長した虎之助改め加藤清正(阿部進之介)市松改め福島正則(石黒英雄)です。長政は再会を喜び、稽古に加わりましたね。

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諏訪法華寺、信長本陣、織田信長(江口洋介)は甲斐の武田氏を滅ぼし、滝川一益(川野太郎)に上野一国と信濃2郡を与え、織田信忠(中村倫也)には諏訪に残り後始末するよう命じました。森蘭丸(柿澤勇人)が「武田に身を寄せていた六角次郎の行方がわかりました。甲斐の恵林寺に潜んでおります。恵林寺の快川和尚が引き渡しを拒んでおります」と報告に来ると、信長は「引き渡さぬなら寺ごと焼き払え」と怒ります。明智光秀(春風亭小朝)は国師である快川和尚とは旧知の仲なので、任せてと頼みました。

恵林寺、光秀が訪ね六角次郎の引き渡しを頼みますが、快川紹喜(山本學)は「ここには神仏に帰依する者しかおらぬ。そのような者は知らぬ。仮に知っていたとしても、寺を頼ってきた者を見捨てる訳にはいかぬ。光秀殿、会えてうれしかった」と答えます。

天正10年(1582)4月3日、快川和尚と僧侶たちは閉じ込められ火をつけられました。快川和尚は「心頭滅却すれば火もまた自ずから涼し」と叫びます。光秀は焼け落ちた寺を見て「なぜだ。なぜここまで、和尚」と泣き崩れました。山本學さんの出番はちょっと短かったですね。

御所にも衝撃が走り、九条兼孝(米村亮太朗)吉田兼和(堀内正美)は朝廷に従わない信長について話し合います。なぜか背中合わせ!

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岡山城、長政は「一体いつになったら初陣が叶うのか」とぼやくと、太兵衛が「心配せずとも戦は近いですぞ。においがします。戦にはいおいがあるのです。ここに来てぷんぷんにおいます」と答え、兵庫助(植木祥平)と一緒に笑いします。

備中高松城、官兵衛は善助とともに再び宗治を訪ねました。なぜ来たのか聞かれ、官兵衛は「無益な戦を避けるため。清水様を死なせぬためにございます。あなたのようなお方が、勝ち目のない戦で命を落とすのは、もったいのうございます。命には使い道がございます。昔、我が祖父に教わりました。命を無駄に使ってはなりません」と話します。宗治は「そのお言葉の通り、今はそれがしの命を使う時にございます。毛利家の恩に報いるためには、ただ死あるのみ」と言うと、官兵衛は「道は1つではございません。生き残る道もあるはず」と話しました。宗治は「われらは毛利と一体なのだ。次は戦場でお会いしよう」と調略に乗ってきません。

官兵衛たちは高松城下の地形を調べ、老人から話を聞きます。3年前に足守川があふれ、高松城一体が水浸しになったと教えてくれました。夜、矢文が飛んできます。官兵衛は「あの狸坊主だ」と、安国寺恵瓊(山路和弘)の仕業と見抜いてましたね。

吉田郡山城、恵瓊は毛利輝元(三浦孝太)小早川隆景(鶴見辰吾)吉川元春(吉見一豊)に、織田軍の動きを説明し、官兵衛と会って和睦の道を探ると言います。

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光とお福(阿知波悟美)は玉松に、長政の着物のお下がりをプレゼントしました。おゆう(中村映里子)が「お味方、ご出陣との知らせが参りました」と報告に来て、光は長政が出陣したことを知ります。

冠山城の戦いが長政の初陣となりました。加藤清正が一番乗りしたと聞き、長政は「遅れを取った」と悔しがり、太兵衛が止めるのも聞かず、攻めこんでいきます。しかし毛利兵に倒され、今にも敵の刀が長政の首に刺さりそうになりました。太兵衛に助けられ、立ち上がった長政はみごと敵を倒します!

長政が走って報告に行くと、官兵衛は「お前は猪か?お前の戦いは猪武者のそれだ。お前はいずれ黒田家を継ぎ、大将になるに、それが猪のごとく突っ走ってどうする。考えて動け」と冷たい目です。

長政が「戦場で堂々と戦うことが、それほど悪うございますか?この命、半兵衛様に救われたもの。半兵衛様はご遺言で申されました。父を助けよ。私はその言葉を胸に戦ったまで」と言うと、官兵衛は「半兵衛殿の言葉を履き違えるな。命を粗末にしては、何にもならぬ」と机をたたきました。長政は「死を恐れては、戦場で戦えません」と言い返すので、官兵衛は「生き残る戦い方を覚えよ!黒田の家紋を思い出せ」と言います。長政は「私は武士です。父上のお得意の調略でなく、槍働きで武功をあげとうございます」と立ち去ってしまいましたね。

夜、官兵衛は「しかしよくやった。わしは初陣の時、何の役にも立たなかった。しかし長政はみごと兜首をあげた。大したものだ」と話すので、善助は「それを若にお伝えになれば、お喜びになりましょう」と言います。官兵衛は「そういう訳にはいなぬ。わしが何故太兵衛を長政につけたわかるか?長政には太兵衛の姿を見て、己は1人ではない皆に守られていると悟って欲しいのだ」と打ち明けます。

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官兵衛は恵瓊と密かに会談しました。恵瓊は「手を組みませんか。羽柴様と毛利でござる。両者が手を組めば、天下を取るのも夢ではない」と言うので、官兵衛は「織田と毛利でなく、羽柴様と毛利とは戯言ではなさそうだ。荒木村重はその手に乗ったのでござるな。その挙句滅びた。私も秀吉様もそこまで愚かでない。同じ轍は踏まぬ。だが無駄な戦を避けたいというのも我らの本音。今織田に下れば、安芸、備後、長門、周防、4ヶ国はお約束いたします」と答えます。

恵瓊は「4ヶ国では厳しい。それでは吉川、小早川は承知せぬと思いますが」と言うと、官兵衛は「ならば戦になります」と答えました。恵瓊はいったん立ち上がりましたが「わしは羽柴様が好きじゃ。昔から買っていたが、今はそれ以上に大物になられたの。先が楽しみです」とほめます。

竜王山、黒田本陣、官兵衛たちは土で高松城周辺の模型を作りました。秀吉、小一郎(嘉島典俊)石田三成(田中圭)が来ると、官兵衛は板を置き、水を流し込んで、水攻めの説明をします。

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姫路城、光が男の子を生んで、職隆たちは大喜びです。熊之助と名付けられました。

秀吉や官兵衛は、村人に金をばらまき、高松城周辺に堤を築きます。雨が降る中、長政も村人たちに混じって俵を運ぶ様子を、官兵衛はうれしそうに見つめてましたね。



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