軍師官兵衛 第49回 如水最後の勝負


慶長5年(1600)9月、黒田如水(岡田准一)はいよいよ天下取りに動き出しました。豊前中津城、後藤又兵衛(塚本高史)から東軍の徳川家康(寺尾聰)が江戸城から出陣したと知らせが届きます。井上九郎右衛門(高橋一生)が「三成はどう出ましょう」と質問すると、如水は「三成には奥の手がある」と答えました。母里太兵衛(速水もこみち)が「奥の手?」と聞くと、栗山善助(濱田岳)は「秀頼公のご出陣」と如水の代わりに話します。

大坂城、西軍の石田三成(田中圭)は豊臣秀頼(小美野来希)の出陣を頼みますが、淀(二階堂ふみ)は「ならぬと言ったら、ならぬ」と許可しません。

美濃赤坂、黒田長政(松坂桃李)の陣、小早川秀秋(浅利陽介)の家老・平岡頼勝(今井朋彦)が密かに訪ねてきます。おね(黒木瞳)が橋渡ししたのです。長政は小早川に、京近くの2ヶ国を約束すると話しました。

ところが、近江高宮の小早川秀秋の元を、三成が訪ねて来て「家康を討ったあかつきには、秀頼公が15になるまで、あなた様に関白におなり頂きます」と接近してきましたね。


大垣城、三成は小西行長(忍成修吾)宇喜多秀家(武田航平)に、秀秋はつなぎとめられたと話します。大谷吉継(村上新悟)は「信用してはならぬぞ。お主はいつも己の知略に頼みすぎる」とアドバイスしました。

中津城、如水は近習を使い、九州の大名たちに書状をばらまき、揺さぶりをかけます。そして、兵たちの前に出ると「これより始めるは、九州全土を平らげる戦じゃ。まずは豊後、豊後は元々大友の領土であった。大友義統はかつて朝鮮にて、敵を見る前に逃げ出し、豊後を召し上げられた臆病者じゃ。その臆病者がわしの首を取りに来るという。敵がたとえ何万騎で来ようと、百に一つも負けることはない。わが行く手を邪魔する大友を退治し、豊後を討ち従え、その勢いに乗じて、九州全土を我が手に収める」と宣言しましたね。

9月9日、如水はついに出陣します。銀白檀塗合子形兜をかぶってました。まず豊後高田城を囲みます。

竹中重利の子・竹中重義、家老・不破三太夫(谷本一)が訪ねてきました。如水は「三成につくとは竹中殿もしくじったの。亡き半兵衛殿の従兄弟とは思えぬ浅はかさじゃ。だが今からでも遅くはない。このわしにつけば本領を安堵してしんぜよう」と言いました。煮え切らない態度の三太夫に「すぐの兵を出せぬというのか?敵か味方かわからぬ者を、わしは討ち捨てにはしてはおかぬ。今からお主たちの城を攻める」と脅します。如水はパンのようなものを食べてました。

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大友義統(増田修一朗)が豊後への帰還を果たすと、宗像鎮続(丹古母鬼馬ニ)らかつての家臣たちが集まってきます。吉弘統幸(的場浩司)は「黒田との戦は避けるよう、お諌めいたしたはず。如水殿からも石田に味方するのはやめるよう懇切丁寧な書状を頂いております。殿、今からでも遅くはありません。何とぞお考えなおし下さい」と頼みますが、統幸は聞きません。

かつて黒田家の食客であった吉弘統幸が大友についたと聞いて、太兵衛たちは顔を曇らせました。如水は九郎右衛門に3千の兵を任せ、大友と止めるよう命じます。

東軍の総大将・徳川家康は清州城まで兵を進めていました。井伊直政(東幹久)から如水が九州で兵を挙げたと聞かされ、貧乏揺すりをしていた家康は「如水め。誰のために働いておるのかわかったものではないぞ。油断のならぬ男じゃ。この機に乗じて、何をしでかすやら」と立ち上がり、扇を叩きます。

井伊直政が長政の陣を訪ねてきました。長政は吉川広家に本領安堵を約束してるので、毛利が敵対することはないが、小早川秀秋は動きがわからないので、家臣を送り込んでいると話します。直政が去ってから、又兵衛は「大殿は天下を狙っておいでなのでは」と言うと、黒田一成(小林ユウキチ)は驚き、長政は口止めしましたね。

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豊後、進撃する大友軍に、黒田軍は草むらに鉄砲隊を潜ませ、みごと撃破します。石垣原での戦いでは、九郎右衛門と吉弘統幸が相対しました。馬を降り、槍を地面に突き立て、九郎右衛門は降伏をすすめますが、統幸は応じず、刀を抜いてかかってきます。九郎右衛門は刀を統幸の首に当て「ここまでじゃ」と言いますが、統幸は「九郎右衛門殿、お主の家の味噌汁うまかった。あの1年はまことに楽しかったぞ。お主に討たれるなら悔いはない」と刃を首に食い込ませました。

やがて大友義統が降伏してきます。九郎右衛門は「統幸殿のごとき忠臣の諫めを聞いていれば、このようなことにはならなかった」と義統に怒りをぶつけました。

中津城、栄(吉本実憂)が大勝利を知らせると、光(中谷美紀)お福(阿知波悟美)は大喜びです。如水と光は夫婦となって33年になるとお福が言うので、栄は「おなごの戦も大変でございますね。母上は何故大殿お止にならぬのですか」と聞きます。

光は「私とて行って欲しくないと思ったことは、幾度となくあります。されど全ては黒田のため。家臣領民を守るため。生き残るための戦だったのです。こたびは違います。ようやくお心のまま、思うがままの境涯を得られて、今は水を得た魚。いえ、お名前の通り、ご自身が水の流れのように、自在になされているのです」と笑いましたね。

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家康は美濃赤坂に兵を進めていました。家康は長政の調略をほめます。福島正則(石黒英雄)が大垣城の三成を攻めるかと聞くと、家康は佐和山を攻めると答えました。

大垣城の三成は、家康の動きを知って、関ヶ原へ陣を移すことにします。南宮山、吉川の本陣、三成が先鋒をと頼むと、吉川広家(加藤頼)は「毛利は宇喜多と同じく大老じゃ。なにゆえ大将でなく先鋒じゃ」と怒って、去ってしまいました。安国寺恵瓊(山路和弘)は「広家様は未だにお主に味方したことを納得しておらぬのだ」と話し、三成は怒ります。

松尾山、三成が「明日、小早川様には後備えをお願いします」と頼むと、秀秋は「うむ、承知した」と答えました。隅に、黒田の家臣・大久保猪之助が控えてましたね。

9月15日早朝、東西20万の兵が関ヶ原に集結します。桃配山の本陣、家康の元に、黒田家臣・毛屋主水(春風亭昇太)がやって来ました。主水が「敵の数が2万、多くて3万にございます。敵は見た目は多くございますが、戦う気があるのは、石田、宇喜多、小西、大谷ぐらい。後は数に入らぬゆえ、多くて3万と申し上げた次第」と報告すると、家康は「さすが黒田の家臣、よく見てとった」とうれしそうに、まんじゅうを褒美として与えます。関ヶ原の合戦が始まりました。

豊後、如水が「いいか、一気に蹴散らす!」と叫ぶと、太兵衛が「黒田の旗を上げよ!」、九郎右衛門は「貝を吹け、鐘を鳴らせ!」と兵たちに命じました。いよいよ次回は最終回ですね。

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